『帰ってきたウルトラマン』
先月、東京MXテレビで始まった『帰ってきたウルトラマン』の再放送を観ている。もうすっかり忘れていたが、これがおもしろい。
友人とはよく、『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』とでは、どっちが偉いかで論争になる。わたしは、断然『ウルトラマン』派だ。理由は、主人公の描かれ方の違いによる。ウルトラマンになるハヤタ隊員は完璧なヒーローで、科学特捜隊一のエリート隊員。実際、第28話「人間標本5・6」では、行方不明のムラマツキャップに代わって科特隊の指揮を執っている。
一方、モロボシ・ダンは、ウルトラ警備隊のヒラ隊員。宇宙の彼方からやって来た超生命体が、なんでペーペーなんだよ!これが不満だった。
ところが、『帰ってきたウルトラマン』の場合には、この点がうまく処理されているのだ。主人公の郷秀樹は、優秀だが、ろくに訓練も受けたことのない若造。ウルトラマンは地球に留まるための入れ物として彼の体を借りてはいるが、人格は別々なのだ。したがって、郷秀樹本人はあくまでも素人丸出しの一般人上がりで、ゆえにMATで一番下っ端の扱いを受けていても問題ないわけだ。
なるほど。これでスッキリ。
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コメント
ハヤタ->元々科特隊の隊員で、実績も多分ある。
ダン->第1話で初めて姿を現わし、新米隊員として
ウルトラ警備隊に参加。
という状況ではダンがペーペーじゃないほうが
不自然な気もしますけど、、、。
投稿: 酢こんぶ | 2008年7月22日 (火) 16時50分
おお、コメントありがとう。
で、ここから反論なんだが(^_^;
> という状況では
だから、その「状況」自体をなんとかしとけばよかったんでないの?
設定なんて、自分たちで、いくらでも好きに作れるんだからさー。
投稿: 木全 直弘 | 2008年7月23日 (水) 11時55分
おっと、こんな論争があったなんて・・・。
一言言わなければ。
セブンはぺーぺーでないといけないんだ。
彼の熱い思いと、悩み苦しむ姿は若さの象徴でもある。
だからこそ、ポッと出であり、ぺーぺーでなければならない。
内部からの持ち上がりやエリート教育で固められた頭では決してないのを表すために。
イデも悩むが所詮それは、ウルトラマンが居れば俺たちは要らないとかという小さなスケール。もっと熱い、青春の、無軌道な、ある意味狂った果実的な、盗んだバイクで走り出すような、夜の校舎窓ガラス壊して回るような、今だけは悲しい歌聞きたくないような、そんなぐるぐるした思いが宇宙規模と個人規模でせめぎ合う「若さ」がウルトラセブンだから。
エリートが上から「僕だって宇宙人じゃないか」なんて言ったって説得力無いぜ。
投稿: フリーデザイナA | 2009年5月31日 (日) 16時56分
> セブンはぺーぺーでないといけないんだ。
> 彼の熱い思いと、悩み苦しむ姿は若さの象徴でもある。
なるほど。君が『セブン』好きな理由が、これでよく分かったよ。
『マン』と『セブン』とでは、別な味わい方をすべきなのかもしれん……。
投稿: 木全 直弘 | 2009年5月31日 (日) 17時33分